「謝罪」は盾ではなく、矛である

僕は基本的に、結構人に迷惑をかけます。いや、請けた仕事はちゃんとやるんですが、しっかりミスします。

で、ミスをしたら、全力で謝罪します。

「…いやめっちゃ普通じゃんか。」と考えられるかもしれませんが、仕事になるとこれが意外とできなくなってしまうこともあります。

謝罪するということは、ミスを認めることと同義です。

でも、仕事の場合、ミスを認めるということは意外と難しい。

バレたくないとか、ミスをする人だと思われたくないとかの自衛本能が働いて、隠蔽しようとしたり、謎の言い訳をしてしまうことは、実は多くの人がやってしまいがちのように思えます。事実僕もそうしたくなることは多いです。というか、事実今まで何度もやってしまっています。

しかし、そこをぐっとこらえて、高校の部活動で顧問の先生にバチギレされた時を思い出しながら、大きな声で「すみません!これ僕のミスです!」と謝罪すると、意外と目の前の人は受け入れてくれるものです。

過去に広告映像の撮影現場で、30分ほど撮影したもののシナリオに致命的なミスがあったことを見つけて、再撮影することになってしまったことがあります。もう編集でカバーすることは不可能だと思ったので、思い切って全力で謝罪したら、意外とみんな受け入れてくれて、その後も楽しく現場を続けることができました。

帰りにクライアント先の方から「間違ったことはめっちゃ謝罪すると伝わるし、そのほうが全部スムーズに進むんですね。ほんと、私も見習います。」という一言もいただけて、不思議と思い入れの深い現場となりました。謝罪は重要。

なんというか、謝罪は自分を守る「盾」であるべきではないと思うのですタイミングさえ間違えなければ、コミュニケーションを円滑にして、自身の評価を上げるための「矛」になる、と僕は考えています。というか、逃げたり自衛するより、ちゃんと向き合って戦うべきです

かと言って、乱発は禁止です。いつも大きなミスして謝ってたらお話になりません。でも、たまに大きなミスをしてしまったときは、「俺、ミスとかもちゃんと認めちゃう人間よ?どう?」みたいな、懐の深さを見せつけるくらいの気持ちで、全力で謝罪してみてもいいんじゃないでしょうか。

p.s
アイキャッチ画像は「クレームに土下座しながら様子を伺う平社員のフリー画像」という、粋の欠片もない、生意気すぎるぱくたそのフリー素材です。
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